商品開発をしたいエンジニアの修練場

旧帝大の院を出たSIerに勤める筆者が、能力開発やキャリア、ライフハックなどの方法論について。書評も書きます。

遊ぶことで鍛えられるビジネススキルとは

「遊ぶ」という行為を多くの人はどう捉えているのでしょうか。

不況、災害の自粛ムード、日本の閉塞感が社会にいくら蔓延していようとも、
休日は仕事を忘れ、各々が自分の好きなように時間とお金を使って遊んでいる方々が
多いはずです。

特に社会人になってからお金に余裕ができ、
学生時代には手が届かなかった遊びができるようになったでしょう。

アウトドアグッズを買ってキャンプにはまったり、
新しい習い事としてピアノをはじめたり、
高級で美味しい料理を出す居酒屋でデートできるようになったり、

自分自身、遊び方に幅も広がり、質も上がったと実感しています。


そんな休日を充実して幸せに過ごすなかで、
ふとこのような考えが浮かぶことがないでしょうか。

「こんなに遊んでばかりいていいものか」
「自己投資のために資格や勉強に費やす時間も取らないと」
「休日の時間をただただ疲弊した心と体を癒すためだけに使っていて、なんの生産性もなく過ごしてしまっている」

入社してしばらくは、こんなことを思っていました。

ですが一方、仕事ひいてはビジネスというものが遊びと密接に関わっているという考えが
世間に一定数存在しています。

blogos.com


・女性への気配りができる人は仕事もできる
・女の子とおつきあいするための戦略を論理的に考えられる
・人を巻き込むことができる

等々が、世間で多く広がっている意見で、概ね正しいと思っています。
仕事の中での経験や数少ない遊びの機会の中で、自分の中で納得していきました。


問題なのは、この
「自己研鑽してスキルを磨け」
「若いうちは遊べ」

という対立関係に限りなく近い関係について、


得られる効能がビジネススキルとしてコスパの高いものなのか。
限られた時間の中で本当に遊ぶだけで問題はないのか。
じゃあ結局一体どのように時間を使えばよいのか。

ということに疑問を持った方はいないでしょうか。


そこで今回は、

「遊ぶ」ことで具体的にどのようなスキルにつながるのか、
得られるビジネススキルは本当に価値が高いのかということ、

ということをもう少し深く考えてみたい。


特に今回は、遊びも捨てて受験勉強を真面目に取り組んで、それなりに評価されてきたけど
自分の市場価値をどうあげればいいのか、資格勉強や自己研鑽以外に見つからないという人に
読んでいただきたい。




1.遊びで得られる具体的なスキル


前提としてあるのは、誰か周りの人と一緒にやることです。
これこれこんなスキルが磨かれるんでは、ということで。

・人を幸せにする企画立案
・トレンドに敏感になり、情報を集めて利用する情報収集力・活用力
・人間関係を大切にする
・人との雑談の中で有益性をより意識するようになる
・会話を楽しませるための表現、ストーリー
・相手に合わせたデートプラン・戦略立案

とりわけ珍しい意見ではないのですが、
この記事で遊びのスキルについて、ある程度説明しています。

saras-media.com


なぜこれらのスキルが必要なのかについてですが、

まず前提として、社会人になってから学生の頃とは全く異なる遊び方をしていると思っています。

学生時代は遊ぶ人も周りにたくさんいて、
彼らには時間も多くあり、まだ経験もなく自分が幸福と感じる価値観も形成されていないため、
自分のために余暇時間を消費してもらうことは
比較的簡単でした。


社会人になると、休日の時間は貴重であり、自分の幸福のために何が必要なのかを理解しているために
一緒にいたい人、何をしたいのかということがはっきりしているため、遊びに誘ってもこんな感じがありますよね。

例文:誘いスクリプト「今度飲みいこー!」


「ごめん急に飲み会入っちゃってー><」(重要な別案件の発生ですね)
「いけるかもー!」(キャンセルの可能性濃厚の雰囲気を醸しつつ、後にノーレスor直前キャンセルですかそうですかなんか一言いってくださいよ)
「(既読スルー)」(完全無欠の必殺技)


といった具合に、
誰かを幸せにするというビジネスさながらの遊びという行為に対して、要求されるハードルが高くなっているのがわかります。

このような前提がある以上、前述したスキルが重要なのかについては自明ではないかと。
なぜなら、一貫して、一緒に過ごす人をどれだけ幸せにできるのか、という観点に集約されるからです。

そしてそのときの状況、メンバー、目的によって、求められるコミュニケーション能力等が違い、
それらを瞬間瞬間でどのように対応するかを要求される特徴があります。


つまり一緒に時間を共有して幸せになるということは、
特に、集まった雑談やコミュニケーションで合コンで女の子を褒めていい気分になってもらったり、楽しいと思える会話を引き出したり、
はたまた、多くの人を魅了するコンパの企画を作って楽しんでもらったり、
そこで出会った人と長い付き合いを保って長期的な人間関係を構築して相手に価値を届け続ける、、、、等々。


自分の意見も交えて推敲して要約すると
遊びは、自由で、柔軟で、創造的なプロセスを経て、友人・知人との信頼関係を気づきあげるためのスキルが身につけられる

ということになります。


2.遊びで鍛えるビジネススキルを自己研鑽より優先すべきか


遊びと自己研鑽の限りなく対立関係にあるといいましたが
どれだけ遊ぶべきなのか、自己研鑽をないがしろにしていいのかについて。

持論という名の結論を話すと、
若いうちは汎用的でポータブルスキルである、遊びで得られるスキルを優先して磨き、
資格や自己研鑽のスキルは遊べなくなった年齢からでよい。
と考えています。
そして、そもそもそんな優先順位について悩み続けること自体が無駄であると思っています。

(ちゃぶ台ドカーン)


世界のビジネスマンの年収や幸福度等々を踏まえて、遊びに費やす測定できる理想な世界を考えるとしたら、

遊んで費やす時間で得られる効能と
自己研鑽に費やす時間で得られる効能の
最適な割合が存在すると思います。

ですが、
現実問題、何十億人といるビジネスマンの遊び時間を測定できるでしょうか。
個々人の経験や能力を鑑みず、普遍的で完全無欠な割合がはたして僕たちに解明することができるのでしょうか。
もちろんどちらの意見も正しく、それぞれ必要な瞬間は別々に存在すると思うのですが、
そもそも測定不可能なわけですから、考えても仕方ないです。



強いて言えば、特に気をつけていることは
「誰かを幸せにしているのか」
「余暇の寂しさを埋め合わせているだけではないのか」
「自分が心からやりたいと思えるのか」

くらいですかね。ありきたりですが。

3.さいごに



社会人になって驚いたことは、みななぜこんなに遊びに夢中になれるんだろうかということでした。

入社してしばらくするとこんなことを思っていました。

『自己研鑽に時間を使って、専門的なスキルや技能を身につけるべきだ。
そうだ、AWS上でwebサービスを公開し、次はIOSアプリの開発だ。。。まずは開発環境の整備と
react.jsの書籍である程度勉強と、、、、』

自己研鑽をすることが自分の年収を向上させることだ。
そんな宗教じみた、誰かが解答してくれた答えを探している自分がいました。

そんな思いで、休日はアプリ開発や英語の勉強、システム基盤構築、読書に励みました。

特にそれを楽しいと思ったり、幸せだと思った瞬間を感じることなく。



しかしある日ふと、自分が抑えていた感情を解き放って数ヶ月間好きに遊んでみたときに、
遊びの大原則は「誰かに価値を提供すること」ということを改めて認識しました。
遊び上手は仕事上手とはこういうことかと。


そして、今一番何を問題として解決して解決しなければならないかを考えた時に、遊ぶことで鍛えられるスキルセットが今の自分に何よりも重要であるという結論になりました。

そこから遊びが仕事に直結することを認識してからはなんの遠慮もなく遊びに対して時間とお金というリソースに
費やすようになりました。


なので自分自身としては、ただただ自分の快楽を追求し続けることに躍起になっているわけではありません。
もちろん粛々と自己研鑽する時間をとらないといけないと思って、日々勉強する次第ですが
今はまだ、心の底から震えるくらい感動できる「遊ぶ」という行為を最優先にすることが
今後の自分の血肉になると思って、今日もまたフットサル合コンにて「遊ぶ」次第です。


ほんとフットサルコンパめっちゃ楽しいっすおすすめっす。

こだわりを持った魅力的な人になるためにやるべきことを考えてみた

ふと、人生経験が豊富で魅力的な人はどのようにこだわりを持っているのかと考えたことがある。



稀有な体験や関心が自分の血肉となって言葉となって、素敵な自分を形成し、それによりまた世界が変わる。
こんな面白い循環はないでしょう。
楽しまないと損でしょう。


ですが、感動する体験や様々な経験をもっとしたいと思っていても、
自分の周囲の世界だけで生きていると、だんだんとマンネリ化してしまうものです。
普通の人も、学校で「死ぬまでは結構退屈だから」とでも教わればよかったんでしょうが、そこまで生々しくもないんで教えてくれませんでしたよね。



魅力的な人は自分のこだわりを持って、日々の生活を彩り、毎日いつ死んでもいいやと生きているからこそ魅力的なのではないでしょうか。



素敵な人はどうそんなこだわりが湧き上がってくるんだろうか。
なんでこだわりを持っている人は魅力的に見えるんだろうか。


そんなことをぼんやり考えていたことを備忘的にまとめます。







そもそもこだわりを持つ人が魅力的なのはどういうことかといえば、

いかに幸福感を感じるかをメタに認知し、

主体的な選択肢に対して

繰り返し決断をすること

です。
結果的にはその人が幸せだから、周りに人が集まる。

裏を返せば
魅力的な人=こだわりがある人に共通しているのは、自分でできるだけ多くの決断をしているということでしょう。

どんな人でも
1.時間の使い方
2.人間関係
3.衣食住に関すること

くらいは選択しているじゃないかと言いますが、
幸せは相対的に観測できる概念だと思っています。

例えば日曜は1日中寝ている人と、好きな友達とマカオにいって美味しいごはんを食べて夜はカジノと風俗にいくみたいなのと、単位時間あたりの幸福度がどれだけ違うかといえば多分後者なんでしょう。

つまり、みんな常に高い幸福度を持ち続けられるように毎日楽しくなるように充実させればいいんじゃんっていう話にも聞こえますが、
問題なのは、現状それが常にうまくコントロールできていないことです。
そして、なぜかこだわりがなくても充実させることはできてしまうからです。




なぜ幸福度をコントロールできないのか。




それは、決断の判断軸に一貫性がなく、消極的だからにつきます。


例えば夕食に何食べようかって話で、
お金を減らさないで吉野家にいくのも選択だし、自分で料理して毎日カレーを食べるのも選択です。

吉野家にいくとします。
ではなぜ、吉野家にいくのか。

お金を貯めるために吉野家にいくのか、
お金がもったいないから吉野家にいくのか、
貯金するために吉野家にいくのか、
あの牛丼を食べたいから吉野家にいくのか、、、

最後には個人の価値観になってくると思うのですが、自分のポジティブな意志とどうつながっているのでしょうか。

その時間を友達とのディナーに費やして、人との関わりを持つのもありますよね。

逆に、リソース有限の中では、本当に考えなくてもいい、やらなくてもいいことを極限にやらないポジティブな選択もある。

有名な話では、スティーブジョブズが毎日同じ服を着ると”決めて”出社していることや、芥川賞をとった羽田さんが毎日大量に野菜を切って貯めといて、野菜炒めしか食べないように”決めて"いるのとか。

彼らがそうしているのは、本当に自分が幸福だと思うことに集中したいから。
そんな一貫性と強い意志を持った人が周りにいて、完全に刻み込まれていますよね。


これと似た話で横道がそれますが、このやらないものを決める力がない人は東京に向いていないです。
選択肢がたくさんある東京においては、自分の大切にしたいこだわりとか価値観をはっきり持ってないと、いずれ消費され続けて、疲れてしまうと思いますよ。自分は1年目そうでした。

さて話を戻します。




ではそのような一貫性を持った価値観を貫き通すには、どうすればいいのか。

至極当然ですが、自分のことを深く理解し、価値基準が刻み込むことです。

深く理解するためにやることで有名なものは
・掃除と片付け
・瞑想
・自分が幸せと感じたことを棚卸しして紙に書くのを毎週やる

くらいで、最近具体的に意識してやりはじめたのですが、
テクニカルなことではなく、もっと自分のことを知ることを強いられる状況を意図的に作り出せる行動指針があると思っています。



それは、とにかくリスクを恐れずに行動力し、失敗する勇気です。




挑戦する人はいつだって自分に正直で、リスクを取って、恐怖に対する耐性があります。
なぜ挑戦できるのかといえば、自分にとって大切なものを知っているから挑戦ができるのです。

何が本当に大切なのかを正直に整理していないと、リスクをとる挑戦なんてできない、
だからこそとにかく失敗して自分のことを早いうちに知るべきなんですよね。



毎回宗教みたいなブログを書いていて我ながら気持ち悪さが底なしですが、
備忘でもあるので。笑

人たらしになるためにオキシトシンを高める方法をまとめてみた

人気ブロガーの藤沢数希氏がこう言った。

「いつの時代も人間の悩みのほとんどは『人間関係』と『お金』である」と。


自分はひどく共感した。
確かに経済的かつ社会的に自立できていれば、多くの悩みは解決されている状態だと思う。


もちろん人間関係と一口にいっても様々で、家族、仕事の関係、友人、恋人、、、様々。
最近はITの普及でいつでもどこでも誰とでもコミュニケーションがとれる環境が整っているため、より多く、様々な人と関わる機会がある。

反面、人間関係に悩み、ストレスが増加していることも、ここ十数年で急激に増えているのも世間一般の見解であるように思う。

もちろん他者との関わりをなるべく避けて生きていくことも可能であるだろうが、本当に一人で生きている人が幸せかといえば、自分にはどうもそう言いきれない。



そんな中近年、オキシトシンというホルモンが注目を集めている。



このホルモンが体内に分泌されると、相手を信頼したり、人間関係を構築する気持ちが高まる。

別名愛情ホルモン、絆ホルモンなどとも言われており、誰かとハグしたとき、誰かと触れ合ったり、可愛いペットに触ったり、感動したときに分泌されるよう。

はたまたオキシトシンを経済学に応用して神経経済学といった分野までも唱える学者様まで現れている。


www.amazon.co.jp


オキシトシンのメリットはまとめると

  1. 相手との人間関係を構築しやすくなる
  2. ストレス耐性が高くなる
  3. 彼氏の浮気を防ぐ
  4. 親切になる

などなどである。
まさに人間関係に悩む人たちにとって、うってつけのホルモンというわけである。


なぜ今オキシトシンについてまとめたくなったのか?

それは現代においては、人間関係を構築するのが上手い人がその恩恵を受けやすくなっているからである。


テクノロジーの進歩によって、社会階級や住んでいる場所の物理的、経済的制約があった時代よりも組織やコミュニティの垣根を越えて、すごい人達と繋がりやすくなった。

つまり人たらしこそ、格差社会の勝者であると。

周りで幸せそうな人を10人あげろと言われたら、皆が皆、良好な人間関係を構築している。
愛に溢れ、周りから声をかけられ、面白い人が集まり、何よりモテる。
人たらしが最高に一番幸せなんだろうと思う。


どうしたら人たらしになれるのかと調べたところ、オキシトシンと出会った。

ではオキシトシンを高める、肝心の方法はあるのか?

という疑問について今回はまとめた。

オキシトシンの増やし方

基本的にはオキシトシンは他者との物理的・精神的な繋がりによって分泌される。
調査当初は、なんとも皮肉なことに、他者と繋がるためのホルモンは、実際に他者との触れ合いを経ないと分泌されないようじゃないかと思った。
嗚呼残酷。
嗚呼無情。
嗚呼ゴッド。
嗚呼九十九里浜


しかし調べるとそうでもなかった。
増やす方法は大別すると人と関わるか人と関わらないの2種類ある。

①人と関わって増やす方法

  1. 人と馴れ合う
  2. 感情を素直に表現する
  3. 親切を心がける
  4. おしゃべり
  5. プレゼントを贈る
  6. 人に料理を作る


②人と関わらない方法

  1. 柔らかくふわふわしたものを触る
  2. ペットを飼う
  3. ボランティア活動に参加
  4. 植物の世話をする

まとめると、人と多く関わり、誰かを助けたり、何かしてあげることが大切だという。
ケリー・マクゴニガル教授のTedでも、相手や誰かを助けることが多い人はオキシトシンが分泌されストレス耐性が高いという。

www.ted.com


結論としては、人たらしへの道はとても地道な努力を積み重ねるにはなさそう。
ちなみに食べ物から摂取できるのか調べてみたが、どうやらできないよう。


また男性の諸君はモテるためにオキシトシンが必要という説もあるが、
調べたところによるとテストステロンという男性ホルモンとのバランスが大切でオキシトシンばかりたかくてもダメらしい。




参考

「脳の疲れ」がスーッととれる!“癒しホルモン”オキシトシンの増やし方 | PHPオンライン 衆知|PHP研究所
愛情ホルモン「オキシトシン」は犬と人間が触れ合うことで双方が増加することが判明(オーストラリア研究) : カラパイア
幸せホルモン「オキシトシン」のパワーで社内恋愛を成就させる方法

資格をとることは本当に市場価値を高めるのか

いつからか忘れてしまったが、僕の頭には常にこの疑問が浮かんでは消えていた。

「お金を稼ぐことのできるスキルとはなんだろう」


僕は休日や業務後には自分の収入をあげるために、市場価値をあげようとする人が休日や仕事終わりで自己研鑽になにをしているのかに興味を持っていました。


そのなか気づいたことは、特に受験勉強とか真面目に頑張って評価されてきた優等生の方々は、「資格」とか「語学」とか「プログラミング」とか「MBA」とか、もうそれはそれは大好物なのではないのかと疑わんばかりに、熱心です。

周りにもたくさん、休日に資格の受験に費やしている人を周りでたくさん見かけます。


僕もそれに何か急かされるように、情報処理やTOEICの勉強に時間を費やすのが正しいと思って勉強し、なんのことはなく合格したときに、ふとある考えが浮かんだ。

「こんな簡単にとれる資格や勉強って一体どこで評価されるんだろうか」


周りの資格や勉強へのやらされている感をむきだしに、今日も同期は資格勉強をしている。

彼らには、名探偵コナンのアガサ博士がいくら「ま、待てぇ〜!新一!」をあの間抜け顔で連呼して止めても無駄である。彼らは黒づくめの組織を追うときのコナンに負けんばかりに妄信的だ。
もうすでに日本の悪しき偏差値教育が産んでしまった他者へのマウンティング精神が染み付いてしまっている。


世の中には箔のついた資格もあれば、資格ビジネスの波で過剰評価されているものもありますが、あの堀江貴文さんも資格がどれだけ不要であるかを述べています。

u-note.me






資格があればもっと自分は市場価値が高くなって、転職もしやすくなる、人より差がつけられる。
そんな思いをもって取り組んでいることはすごく尊敬に値するし、素敵なことだと思う。
ただ、はたして本当に市場価値を高めるための手段として「資格取得」や「勉強」は最優先事項なのだろうか。

つまるところ、

資格取得や勉強は自己研鑽というべきなのか。
なぜ人は資格取得や語学にすがるのか。
またお金を稼げる最も価値の高いスキルとは一体なんなのか。

ということについて考えたいと思う。



資格がお金を稼ぐこととは関係しない理由


私の見解では、資格や語学の勉強を自己研鑽の最優先事項として取り組むべきではないと思います。


なぜ、資格や語学のような測定可能なスキルを最優先として取り組むべきではないのか。



1つめの理由は、すでに体系化・標準化されているため、です。

体系化されていたり、すでに標準化されているビジネスを行う場合には価値が低くなり、
逆に体系化されていない能力は、身に着けている人が少なかったり、ノウハウが体系的にできないからこそ
スキルセットを持つ人に希少性が生じてお金を稼げるというわけです。



まず、価値のある能力と年収の関係について簡単にまとめました。


市場の変化と仕事の内容の切口でわけると、だいたいこんな感じではないだろうか。

  1. 市場の変化の影響を受けやすく、アウトプットが決まっていないもの
  2. 市場の変化の影響を受けにくく、アウトプットが決まっていないもの
  3. 市場の変化を受けやすく、アウトプットが決まっているもの
  4. 市場の変化の影響を受けにくく、アウトプットが決まっているもの


「アウトプットが決まっている」とは、なにをアウトプットとするか決まっているもの、と読み替えてもいいだろう。



これを年収ランキングと比較すると

nenshuu.net





Aグループ
→企業家、大手広告代理店、コンサルタント、作家
Bグループ
→医者、弁護士、政治家、パイロット、大学教授、学校教師、看護師、スポーツ選手
Cグループ
システムエンジニア、漁師、派遣社員
Dグループ
→美容師、介護士



業界内のポジション、職種別、人材市場の需要供給などのパラメータは無視です。
なかをよく知らないのでご了承を。。。


Aグループにはyoutuberやイケハヤさんみたいな高収入ブロガー、人気作家、プロデューサーもいるだろう。
基本的にAグループが一番収入が高く、B,Cとなるにつれて年収が低くなっていることがわかる。


Aグループに注目してもらいたいのだが、スキルセットが明確に分かるものはほとんどない。

たとえばブロガーを例にとると、

ブロガーのスキルセットってなに?
情報収集力と文章力?ちなみにそれどうやって図るの?


つまりAグループに属する人たちのスキルは体系的にまとまっていない
のです。


「アフリカで新規事業つくれます」ってスキルがきちんとした精度で測れますでしょうかという話です。
現状、それは難しいでしょう。


逆に資格や語学スキルは、体系化されてしまって誰でもできるように設計されているため、
身に着けているスキルはみな同じであり、大して価値がないということです。


ではすべての資格はみなが簡単に取得できてしまうため、価値がないのか?
これは自明ですが、Noです。


Bグループを見れば分かるとおり、すべての資格が体系的・標準化されているから価値がないといっているわけではない。
医者の平均年収は高いし、弁護士だって供給過多と言われている中でもかなりいい額でしょう。

問題は取得までのハードルが高く設定されていることから
市場の影響を受けにくい業界であることから、賃金が下がることが少ないと思われます。


CグループよりDグループの方が付加価値が高い理由については、仕事がある程度標準化されているが、
市場の変化を受けやすい方が、基本的には仕事が多かったり、人が急に足りなくなったりして、仕事のチャンスが多いからです。

このように、体系化されたスキルはアウトプットの形が決まっていたり、市場にさらされていることが多いため
あまり自分の価値を高めることにはならないだろうと考えています。


価値のあるスキル

では、自己研鑽としていったい何をすればいいのかですが大きく2つあると考えています。

生産性を上げるスキルに注目する

たとえ標準化された仕事でも、一人の給料でどれだけ分の働きが実現できるとなれば、価値はあがるでしょう。


たとえばプログラマー等の職業は、つくるものがほとんど決められているのにもかかわらず、
生産性が圧倒的に異なりやすくなるため、アメリカなどではとても高収入の職業として人気を集めています。



このスキルの場合は、なんでもいいからそのスキルが人よりどれだけ早くできるようになるだとか
人に聞いたりやネットで調べたりする時間がどれだけ減るのか、といったことに着目して勉強するのがよいと考えています。

自分の強みとしたい情報カテゴリーを複数決めて圧倒的に情報源を取得する


もう一つは、自分が関心のあることや興味のある分野についていくつか圧倒的に詳しくなることです。


大切なのは、「これを読めば大丈夫」という感覚を持たないことです。

むしろ、じぶんの関心にあった細切れな情報源や思いを大切にしたほうがいいです。

細切れの情報を蓄積して組み合わせていけば、いずれアイデアが生まれ、
アウトプットの形を決められる能力になります。さっきのAグループ、Bグループに属するスキルセットです。


そのために具体的に何をすべきかといえば、
自分のインプット源を圧倒的に増やして、よく考え、整理して発信する。
ということを愚直に続けることが、実は一番の自己研鑽なのではないかと考えています。

場合によってはビジネスをすることになる人もいれば、twitterやNews picksなどのニュースSNSで自分の考えを発信したり、ブログに書くなど。

とにかく、目先の利益や目標を無視して取り組むことが重要です。



資格にすがりたくなる理由


体系化されていない情報に時間を費やすことは、少し勇気がいるのかもしれません。


資格に食いついて頑張るのは簡単ですし、
何より安心感があります。


が、そこで思考停止してはやはり高い見返りを得ることはできないのだなと思います。
誰かが決めたことをやるのではなく、形の見えないところに、本当はもっと価値のあることがたくさんあるのだと思います。




価値があることとは何かを考えることを放棄せず、自分で価値あることを見つけたり、結びつける勇気をもつことが
本当に価値のあるスキルなのではないかと、日々インフラエンジニアをしていて思います。

プログラミング未経験者が、プログラミング独学をはじめてすぐに挫折しない方法

グローバル社会だなんだと騒がれた近年、英語がビジネスマンの間で必要だと言われてきましたが、その英語に続いて、新たに注目を集めるビジネススキルとして徐々に浸透しつつあるのが、プログラミングではないでしょうか。


最近は企業で働くプログラマーシステムエンジニアだけではなく、iphoneandroidなどの携帯端末で動くアプリなど、消費者であるエンドユーザーの方々とも接点が多いため、徐々にではありますがとっつきやすいスキルとしても認知されていると思います。



資格大好き承認欲求大好き何かにすがるの大好き日本人が、TOEICやTACの「グローバル人材として活躍したいビジネスマン〜」とかいううたい文句に煽られて英語の勉強に励むように、プログラミングのスキルも同様に、「人工知能」、「ビッグデータ」などなど流行りの言葉が独り歩きして、専門的なスキルを身につけて手に職をつけたいという思いから人気があるのではないかと思います。
(※英語やプログラミングのスキルを学ぶ人を批判しているのでは決してなく、過剰な煽りを批判しているのであります。ご了承ください。)



実際に、IT技術の進歩や社会インフラとして様々な領域がITと密接に関わる中で、システム開発業界やweb業界に限らず、ITエンジニアの需要は右肩上がりとなっている現状です。


多くの人が、じゃあ、実際にやってみようと、本屋にあふれいろんなプログラミング入門の書籍を読み、よく分からないけどamazonのレビューで1番だったからという気持ちで本を選び、やってみたが


・まずプログラミングを行うための環境が準備する途中でつまづく
・いざやってみるとよく分からない
・頭の中でイメージしづらいカタカナが並び、しまいにつまらなくなってやめてしまう

となり、途中で諦めて挫折する人があまりにも多いのでは。



今や本屋にいけばあらゆる種類のプログラミングの書籍が連なり、
webサイトでもプログラミング学習のためのサイトがたくさんあり、有効に活用すれば誰でもプログラミングを習得して
好きなものを自分の手で作りながら、スキルとして身につけることができると思います。




ですが英語などとは違い、残念ながら独学で習得する方法について書かれているものはあまりにも少なく、何からはじめたらいいのかもわからない。
場当たり的に手をだしてみたが、結局挫折してしまう。

そんな方も多いのではないでしょうか。



プログラミングがスキルとして役立つというほどになるには、エンジニアかディレクターとして働く以外にはあまり思い当たりませんが、
このような方々に読んでいただけると幸いです。

  • これから新しくエンジニアとして働くことを考えているためプログラミングを学習したい
  • エンジニアとの業務で専門用語で会話できるようになれるようにプログラミングを学びたい
  • 自分の興味の幅を広げるためにプログラミングで何かをつくりたい


そんなわけで、新しくプログラミングをはじめる人が挫折することなく取り組むべきプロセスやtipsをご紹介いたします。




  1. そもそも現時点から1ヶ月続けてプログラミングで表現できることを知る
  2. 最終的なゴールを明確にする
  3. 「わからない箇所がわかる」まで◯◯入門系書籍にはに手を出さない、ひたすら突き進む
  4. 作ったものを評価してもらう
  5. 答えはすべてgoogle先生と周りの友人だけが知っている

1.そもそも現時点から1ヶ月続けてプログラミングで表現できることを知る

まず、なにを習得する上でも最も大事なことは「学習動機」です。

・なにができるようになったと言いたいのか
・なにをつくりたいのか
・なにに活用したいのか

英語と同様にプログラミングは手段なので、目的に合わせて学習するのが最も望ましいと思います。
まずは自分が何を目的にプログラミングを勉強するのかを考えるのが、やはりセオリーであることに間違いはありません。



では目的意識が明確ではない人はどうすればいいのか。
ここで重要なことは、プログラミングという言葉につられた非情報系の方には、世の中にあるプログラミングの可能性を知る必要があるということです。

例えば1ヶ月、プログラミングについて勉強するとします。
1ヶ月後にプログラミングを勉強すればここまでできる、という具体的な像を知ることで自分のやりたいことを具体化します。


個人差や内容によってですが、一例として1ヶ月もあれば以下のことは簡単にできます。

スマホアプリを作る
・webシステムを作る
SNSのサービスから自動で投稿・情報取得
・データの解析や計算、音声の変換、画像の加工
・画像認識、音声認識、レコメンドエンジン



具体化を行う理由は、上述した通りプログラミングはあくまで手段なので、だんだん勉強しているうちになんのためにこれを勉強しているのかがわからなくなり、モチベーションの低下を防ぐのが狙いです。


ということで、まず自分は何をアウトプットとしてプログラムを書きたいのかを明確にしましょう。



2.最終的なゴールを明確にする

1でプログラミングという曖昧模糊なスキルでだいたいなにができるのかを知った後に、実際にゴールを明確にします。


粒度や評価はまちまちでOKだと思いますので、なんとなくなんのためにやってるのかを明確にする程度で大丈夫です。

なんども言いますが、一番大事なことは何を作るかを決めることです。



だいたい、興味を持てないことを手段のために続けることは本当に時間の無駄だと思っていますので、
とりあえずここで決めた目的を達成した後にどうも合わないなと思ったらスパッとやめるのが正解だと思いますよ。


3.「わからない箇所がわかる」まで◯◯入門系書籍には手を出さない、ひたすら突き進む


作る物を決めた後に、手を出す順番と手を出す物を選びます。
最も重要なフェーズであるといっても過言ではないかもしれません。


経験上、学習の進め方は以下の感じです。

  1. webの入門サイトで一通り入門で手を動かす
  2. わりかし入門サイトでやったことが書かれてるレベルのことがかかれていて、自分が作りたい物が作れそうな本を探す
  3. わからない箇所がどこかわかる場合には、入門書籍で解いた後に並行して取り組む
  4. わからない箇所もわからない場合には、すぐに放置→友人に聞く


はじめからコツコツプログラミングの入門書を見て、作りたい物の書籍にとりかかれるなら、それもそれでOKですが、
だいたい無理だと思います。

塊 of 才能でない限り無理です。
好奇心があったり、サクサク進める人でない場合はお勧めしません。


なので、まずは動画などが見れるwebサイトの入門サイトであらかたやってみる
→作るものの本の入門書を買う
→わからないところが入門サイトでできそうならあらかた進めて再度取り組む
→もはや何もわからない場合には、友人に聞く


というのがお勧めです。


とくに教材に触れるタイミングを考えずに進めてしまうと、2つのパターンで失敗すると可能性が高いです。


①世に溢れた「◯◯言語プログラミング入門」にきちっと入るパターン


このような多くのプログラミング書籍は、大多数の需要に応えて本を売るために、あくまでプログラミングを行うための手段に重きを置きすぎているのです。
それゆえに、無駄にいろんな説明を盛り込みすぎていたり、目的となるアウトプットがまったくイメージできないなどで挫折することがあります。



②世に溢れた「◯◯アプリ開発入門」など、特定の目的が誰かに決められた物に手を出すパターン


アプリ開発などはプログラミングの目的に合わせた本ももちろん多くありますが、それらは専門的すぎて目的の部分を決めるための本ではありません。
自分の目的がはっきりしていないと、だいたいここで楽しくなくなってつまづきます。

①②どちらも、自分がやりたいこととレベルに沿った本にはなっていないので、その本に手を出す前に自分と向き合うプロセスが必ず必要になってきます。




入門サイトをまとめた記事はこちらにあるので、参考までにどうぞ。

programming-study.com


ドットインストールが一番おすすめです。
ここにないけど、checkioはRPGのゲーム感覚で進められるのでそちらもよければ(pythonのみ)



いやいや、最後の友達に聞くってなによと思うでしょうが、やっぱり教えてもらう人を作ることがどの本を買うよりも一番効率的ですよぶっちゃけ。


あと多くの非エンジニアの人が勘違いしているのが、多くの人が独学でガリガリプログラミングをしているのではないかということです。

実際には業務でも趣味でも、わからない点は人に聞いちゃうことばかりです。
みんなで手の差し出し合いです。





4.作ったものを誰かにみてもらう


さあ、いよいよ紆余曲折あってプログラミングでつくりたい物がつくれました。

次に大切なことは社会との接点をもつことです。

褒められないで勉強を続けられるほど夢中になっているなら、それはもう何もいうことはありません。
どんどん好きなことつくっちゃってくださいという感じです。


ですが多くの人は、苦労して作った物が誰からも作ったものが評価されないと、モチベーションが続かないことも事実です。

業務や研究でプログラミングを行う場合には誰かに評価したりされることもあると思いますが、普通の人はあまりその機会を得ることは難しいです。
やはり、人間ですからなんとか試行錯誤して、プログラミングでできあがったものが、何かフィードバックを得られればそれはとても嬉しいですよね。


簡単にFacebookとかtwitterとかinstagramとかにあげていいねもらうくらいでいいんです。
アプリならアプリストアにあげてもいいですし、友達に見せてもいいですし。


ある程度プログラミングできるようになってくれば
プログラミングコンテストやハッカソンにとりあえず出てみる
・作ったものをエンジニアコミュニティ(githubなど)で公開する

などなど、経験者との接点を持つことでより楽しみが増えるのではと思います。



5.答えはすべてgoogle先生と周りの友人だけが知っている


多くの人がハマるのが、プログラミングの途中で生じる疑問については本などでまとまっていないということです。
そのため、必要な情報を自分で調べたり、周りの人に聞いたりする機会が普通の勉強よりはるかに多いです。

本に書いてないじゃん!と本を恨むのは、残念ですが仕方のないことですと割り切るのが幸せだと思います。
ITの分野とは、そういうネットなど不特定多数の集合知にアクセスすることがとても多いのです。
業務でも研究でもそうなのですから。


それでもわからないことはたくさん出てくると思うので、そういう時は周りにすぐ聞いちゃった方が早いと思います。
特にはじめたての頃はすぐにポイで。悩んだら負けくらいの気持ちで。

エンジニア界隈は女性不足という少子化問題に直結する深刻な問題を抱えているため悩める女の子には無数の相談先があることを保証いたします

コミュ症ではないのに人間関係がうまく作れない人達が意識すべき3つのこと

誰しも、幸せな人生を送りたいと、生を受けた人間として思うのは自明の理であることは疑いないでしょう。



富、名声、社会的意義、、、、ここで幸せな人生について議論するつもりはないが、
はるか昔から多くの人が関心をもち、研究や考察がなされているとおり、多くの人にとって欠かせないのは、やはり家族や友人、恋人などとの人間関係が人間の幸福の大きな割合を占めると思う。

誰かと時間を共有し、愛を分かち合い、互いの存在を認めあう中で、心が豊かになる経験は誰しも持っているでしょう。


とくに近年、インターネットが普及し、今や海外では7~9割の人がスマートフォンを持ち、LINEなどに代表されるように他人と連絡やコミュニケーションするためのコストはますます下がった。
そのため、家族、仲のいい人、初めて会った人などなど、他人と気軽に手軽に連絡をとりやすくなった。



しかし一方で、自分の好きな情報にアクセスでき、生まれや国籍、様々な人間の価値観を受け取りやすくなり、

  1. 恋人なんていらない
  2. 一人が一番楽しい
  3. 職場の人間関係とプライベートは線引きしたい
  4. 無理に気の合わないやつと仲良くしなくても満たされている

といったように、必ずしも皆が皆、とても人間関係に恵まれた生活を第一優先に望んでいるわけでは、ある程度周知の事実であるだろう。


他人との連絡を簡単に様々な方法でとれるようになったからといって、人間の幸福度が単調増加するのではなさそうである。
技術や文明が社会には、その時代なりの人間の価値観の変化がある。


では、他人との連絡手段が多様化し、容易になっているために、一体何が起こっているのか。




人間関係の希薄化や友人が少ないことを実感する人が増え、上手く人間関係を作りたいけど作れない人、そもそも人間関係を構築することを放棄して幸せだと思う人が増えている。

そのため、上手に他人との関係を構築できる人とそうでない人との間の『幸福格差』が大きくなっていると思っている。



100%満足した人生を送っていると胸を張って答えられる人は、
マズローの欲求階層が正しいと仮定すれば、ほぼ100%良好な人間関係を築いていると考えてもよいだろう。

一方、そうではない人達は、良好な人間関係を持ちたいと思う選択肢から外れ、ますます疎外されていく。

人間関係のネットワークはべき乗則*1に従うという研究結果もある通り、人間関係のハブとなる中心の人達は上位数%の人達であり、大多数の人間関係はその数%の人達を介してつながっている。


時間は有限であるから、そういったハブとして機能する人、もしくはきちんとした人間関係を構築できる人が他者との時間を共有する時間を占めることになる。
ますますヒューマンスキルを持つもの、持たざるものの幸福度に格差が広がるばかりである。

極論、今から二人でごはんに行こうと言える関係がどれほどいるだろうか。


では、コミュ症というわけでもなく、誰とでも喋れる人で、この問題に悩む、100%満足していると答えられない人達は
一体何をすべきなのか?


今回はそれに対して一緒に考えたいと思う。

人間関係がうまく作れない人は以下のことを意識することを勧めたい。

  1. 自立した個人としての自分が存在する
  2. とにかく楽しそうに生きてる
  3. 他人と関わる幸せを認識している
  4. 大事なのはすべて気づくことから

1.自立した個人としての自分が存在する


まず何よりも人間関係を構築する上で気をつけるべきことは、

「一人の人として⑴利害関係なく⑵対等に相手と向き合っている」状態でいることが重要だということです。


つまりどういうことか?


まず⑴の利害関係について。

あなたは、誰かに会う時など、話しかけてくれるまで待っていたり、依存していないだろうか。
あなたは、こいつと話していても面白いことはなさそうだという打算をつけていないだろうか。
あなたは、自分に利益がないだろうということで、人間関係を築くことを放棄していないだろうか。

わかりやすく要約すれば「メリットあるやつとしか話したくないわー、あ、でも、誰でも声かけてくださいな」ってスタンスでいないだろうか。

もしそうであるなら、少しばかり耳を傾けてほしいと思っている。

何か利益が欲しいんだろうなと思われると、その人の印象は決して誰に対してもオープンでなく、内向きに思われてしまう。

逆の立場になった時、何も提供していない人に、あなたが急に利益を求められていると感じていい思いをするだろうか?
少なくとも、僕は話したいと思う気持ちがだいぶ薄まる。






続いて⑵の対等にという部分について。


自分が誰かに評価されて嫌われると思ったり、見下したりしていないだろうか。


自分から距離を置く相手には、なかなかその距離を詰めようとする人は少ないし、
相手に見下されてもし不快な思いをしていたとしたら、それでも一緒にいたいと思う人は、なかなかいないのではないか。



この問題は、自分を自立した一人の人間として肯定する自己肯定感があるかないかともが大きな関係があります
一般的に自己肯定感が強い人達は他人との人間関係を構築するのが上手いといいます。

goodluckjapan.com

最近、メディアなどで多く聞かれるようになった言葉の一つに「自己肯定感」があります。自己肯定感とは、自分自身の存在を長所だけではなく、短所も含めて肯定する感覚のことです。

これが近年盛んに主張されるようになっているのは、仕事や人間関係など、人生の様々な面で自己肯定感の有無や高低が影響を及ぼすということが分かってきたためであると言われています。


自分を肯定できている人は嫌われることを恐れず、対等に相手と向き合い、誘いや声かけを行うことができます。


もちろん最初はとても難しいと思いますが、はじめから相手が自分とすっかり意気投合することがなくても、自分が自立していれば相手に対してgiveをしていくにつれていい関係を築き上げることができるでしょう。

気の合う人は見つけるのではなく、自分との関係で決まっていくものだと思って。


2.とにかく楽しそうに生きてる


1.では利害関係を持つなと言いましたが、結局人は魅力的な人に興味を持つ性を持つ生き物です。

楽しそうにしている人と一緒にいれば楽しいんじゃないか。
もうそれに尽きます。

楽しそうに話している人に、おしゃべりしてみようと声をかけたくなるし、
合コンして楽しそうなやつに、合コンの誘いはかかるし、
まあ会う時にワクワクしますよね。


あなたが笑顔で過ごしている印象を、どれだけの人が持っているのかということを意識することが大切だと思っています。
笑顔のあなたと話してみたいと声をかけられることがぐっと増えると。

では笑顔になるために自分は何をしているのが一番なのか。
それはつまりは自分がどんなときに幸福なのかをよく知る人が一番強いわけですね。

まあ客観視と観察ですね。
これだけでブログのテーマになりそうなことなので今回は割愛します。





3.他人と関わる幸せを認識している


こちらのアンケート調査で、幸福度が低い人はお金を大切にし、幸福度が高い人は人間関係を大切にするという統計データがあります。

president.jp


冒頭でも述べましたが、本当に自分は誰かと一緒に何かをするよりも一人で別のことをやっている時間で完結している方が幸福ではないという思いを持っている人は本当にいないと思います。


一人の時間は必要であれ、人は社会的欲求を満たすように進化し、他者と関わり合いながら繁栄してきた生物です。

もちろん人と関わらなくても楽しいというのは、実際には間違っていないと思う。
しかし、本当に100%満足して幸せであり続けることができるのか?

個人的には、それはNoであると言いたい。

  1. 周りは自分とは合わない人達ばかり
  2. もっと自分の好きなことや自己研鑽に費やす方が有意義で合理的

と、人付き合いの中で面倒なことを避ける代わりに幸せだと言い聞かせて、
納得させているだけに過ぎないと思う。

2.でも述べた通り、自分を客観視してみれば、自分が他人と関わっている時にどれだけ楽しく笑っているだろうか。



4.大事なのはすべて自分に気づくことから


いかがでしたでしょうか。

自己認識、感情の変化、興味・関心、、、学校では全く教えてくれないけど、自分のことをよく知ってる人は本当に強いです。


自分のことをよく知っている人は相手と対等に話しかけられます。
自分のことをよく知っている人は自分の好きなことがわかります。
好きなことを知っている人は楽しく過ごせることに多くの時間を割くことができます。
楽しそうにしているにしている人は人が集まります。

次回はもうすこし具体的な話について書きたいなあ。

*1:よくいうパレートの法則(上位20%が組織の売り上げを決定している系の類の話。ちなみに人気サイトの被リンクサイトもべき乗則で、全リンクのほとんどを上位数%が占めている)

【書評】豊かさの誕生―成長と発展の文明史


よく、歴史や文明などの一般教養は何に役立つのか?という問いがある。

僕は特にテクノロジー・社会科学に関する本が大好きで、
ちょうど境界になるだろう文明や◯◯文化など歴史にも関心がある。
大学時代は書評を1年間で50冊くらい書いていた。


そんな自分はその問いに対しては、こう答える。
 ・時代の流れや感覚が掴みやすくなる
 ・自分の世界が広がり、気づきが増え、幸福感が高まる

つまり、一般教養は触れて損はないだろうという見解。



もちろん誰も世界史を1から学びなおせと言っているのではない。
それが好きな人は好きに社会人向けの世界史まとめ書籍でも読んでみるといい。
(山川の世界史に手を出したが、いろいろ自分で調べる必要あったためまあまあ辛かった)

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その中でも、文明について知識を深めることを勧める理由は、みなさんが社会の発展を避けることのできない人類の世界で生きているからである。

どういうことか?
人間がこの世界で生きている限りは社会の発展が避けられないこと、
それをとりまく技術的・経済的・地政学・その他なんとか学的な要因について知ることができれば
きっと長いもしくはちょっと先の未来について何が起こるのかが理解できると思っているからである。



そこで今回、大学で読んだ本の中でも確実にベスト3に入るほど面白く有益な本であったある文明の法則に関する本を紹介する。




私がオススメするのはこちら。豊かさの誕生―成長と発展の文明史(著者:ウィリアム・バーンスタイン


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国家として経済的豊かさを安定的かつ長期的に発展させていく国家にはどんな要因があったのか?という問いに対して答えている。


おおざっぱにまとめると、1500年以前の国家では、過去さまざまな国家が繁栄と衰退を繰り返してきた。それまで略奪することで繁栄した国家は、安定した経済成長はできなかった。


その理由は、その増えた人民を養うだけの食糧を自国の外にある資源を略奪することのみでは繁栄することができなくなり、国家は経済的に破たんしていくというものである。


しかしその中でも、

私有財産*1、資本主義*2、輸送/通信手段の発達*3、科学的合理主義*4

がすべて確立された国家が後に現れ始め、それらの確立されたいかなる国家は安定ときには急速に経済成長を行い、また一つでも欠けている国家はたとえ繁栄してもすぐに衰退がおとずれ安定した成長をすることはできないという結論を打ち出しているのが本書。

まあとにかく、めちゃくちゃ面白い。
その要因が正しいかどうかは読んでみて判断していただきたいところではあるが、
過去の国家の状態や統計データの分析により得た根拠から述べ、またそれぞれの要因が確立されるまでの歴史をたどっている。




ではなぜこの本が有益であるか?
国家や社会の勃興・衰退というものを、もっと自分の周りにある小さな組織に当てはめてみて考えても同じことが言えるだろうということである。


社会インフラ(資本経済・輸送/通信手段)だけではなく、人間としての権利や、倫理観(私有財産権、科学的合理主義)といったようないわゆるものの考え方となる「価値観」が国家の繁栄に関与していることに着目していただきたい。

科学的合理主義→物事を合理的に考えることを重視すること
私有財産権→自分が稼いだ財産は誰に搾取されることなく自分で管理できること→やったことがきちんと対価として得られる


例えば職場で、自分の意見が通らないときに合理性がない場合以前に、経験や前例がないといった理由で採用されず、悔しい思いをしたことがあるだろう。

例えば職場で、自分のやった成果が正しく評価されない、または逆に、既得権益によって過大評価を得ていることをみたことがあるだろう。

だからなんだ、という話かもしれない。
だが、自分たちが日々直面する問題の対策としての仮説を立てるためのインプットとしては裏付け共に悪くないと思っている。


つまりは、こういうものの見方の広がりや知識や偉人達の経験則を、自分の周りの社会に適用していく仮説を立てることこそ、僕らの生きるための血肉となると思っている。これらのヒントを活用して自分たちの環境を改善したり、いかに不健全な社会であるかを見つめることにつながるのである。


興味がある方はぜひ。
買うと高いので図書館で借りることを激しく勧めます。

*1:過去の社会では封建制度や階級の有無があり、大部分の人民は領主の土地を耕し領主におさめ、領主は政府に上納していた。 この制度は個人の生産性の向上に対するインセンティブは生まれることはなく、時には財政難に陥った政府が財産の没収、差し押さえ等があり、生産性が向上する可能性は遥かに低かった。 ローマは私有財産権を有していたが、経済成長のための手段を征服でまかなっていたため、奴隷制度が生産に負担になり個人が経済的に土地を手放すことが多かった。 司法と行政を明確にわけ、王の恣意的な財産没収を防いだマグナカルタが作られた、しばらくして法律家や議会人が守る努力をしつづけ、コークが法律技術を駆使して抜け穴のないマグナカルタの改訂版を作りあげた。 後にロックが個人の私有財産権を広めるための書物を出版して広める。

*2:過去資本市場で問題だったのは情報の不足であり、借り手の資金や利子率の相場などの情報が不透明であり、貸し手は貸そうという動機がなくなり、 ローマは歳入を制服による略奪物で賄っていたために財政崩壊をした。後にルネサンス時期のヴェネツィアは高利貸の例外を設けていったが、ローマ商法が会社の債務を経営陣の財産と家族の身分を脅かすものであり、リスクが高すぎた。 数学や統計の発展と応用に伴って金融工学金融商品がどんどん改良され、為替市場や航海を行う会社が初めて近代的な株式会社の設立を行うなど。 このような発展の意味するところは、憲法や法律としての自分自身の財産が守られることだけでなく、実際にそういったリスクテーキングをおこないやすいような大規模金融機関の存在や低金利を維持する中央集権的な組織が必要であるということである。

*3:大量生産されたモノはあるスケールで輸送速度が向上することで飛躍的に経済成長を促進する。 飛躍的なスピードの変化が実際に世界を変えるにいたる場合が存在するいい事例。 とくにスピードの変化によって生産物の流出入が大幅に変化することで市場に出回る商品の価格の差がなくなり、人口の動態までも変えてしまうあたりは特筆すべきであるとのこと。

*4:科学技術が発展するには、社会が都合のいいように立てた仮説を演釋的な方法によって正当化して物事をとらえるのではなく、実際の現象に着目して一般化をおこなう帰納的な方法で物事をとらえる必要がある。 宗教が立てた仮説は多くの科学者が実際の観測によって基づいて導き出した仮説と論争を巻き起こし、長い年月をかけて科学的な合理主義が浸透した。技術や科学を発展させ、それを蓄積させるためにはそれを受け入れる社会である必要がある。